5周年記念パーティで言いそびれたこと。。。

2015年10月12日(月) | 保育

DSCF02092015年9月26日(土)に無事にtelacoya921 5周年記念パーティが行われました。

クロダイの稚魚放流から始まり、telacoya5年間の歩みのDVD鑑賞、葉山町長、前職場の理事長、キリガヤ社長の乾杯のご挨拶、逗子市教育委員長、石岡葉山町議の祝辞などを頂きながら、間に二つのメインイベント。

保護者のお父様によるマグロの解体ショー!

そして、子どもたちによる「telacoya劇場」うらしまたろう!

たくさんの方にお越し頂き、会場はいっぱいになり、数々の行き届かない面もあったと思います。

telacoyaらしい手作りのパーティだね、というお言葉で、皆さまのお許しを頂き(と勝手に解釈している)ホッとしております。

たくさんの方に支えて頂きながらの5年間。改めて、感謝でいっぱいの1日となりました。

次の5年後に向けて、一歩一歩進んで参りたいと思います。今後ともよろしくお願い申し上げます。

 

さて、準備に追われながらも、お話ししたいことを整理して当日を迎えたつもりでした。

telacoyaの保育をしていて、いつも大切にしたいこと。たくさんあることを書き出していました。

①子どもたちが子ども同士で育ち合うことを、大人が邪魔しないこと。大人は黒子のスーパーマン。寸止め保育の縁の下の力持ちであること。

②園で出来ること、家庭で出来ること、それぞれがするべきだと思うこと。

両方ですることもあるが、園でしか、出来ないこと、家庭でしか出来ないことがあることを理解して頂きたい。それは、学校でも同じだと思うこと。

子育ての絶対的な役割は、家庭。園で出来ることは、同じ幼少期の子どもたちが一同に過ごす中で出来ることの提供。

③幼少期に自己肯定感を育てること。自己否定の人は、大人になっても自分に自信がないし、いつも何かのせい、誰かのせいにするようになってしまう こと。

小さなことでも自分で決める習慣を持ち、その結果も自分で受け入れる。telacoyaでは、いつも話し合い。じゃんけんで決める、多数決で決めることは一切ない。時間がかかっても話し合い。意見を言わなければ、後で文句も言えない。

④生きる力とは?

telacoyaで考える生きる力とは、自己発信が出来て、いろいろチャレンジしてみようと思う気持ちを育てる中で、もっと大切なのは、失敗をすること。

失敗をしてもいい。

生きる力とは、その後、どんなリカバリーが出来るかどうか。失敗して終わらせないこと。次の道を探すこと。

そういう強い心を持つことが大切だし、次の道を探せたことを一緒に喜びたいし、そこから、また次のチャレンジを応援したい。

これが「生きる力」だと考えていること。

 

この中で、「生きる力」について触れそびれてしまったことが心に残っていました。

このことを、ブログで発信しようと思っていたところ、久しぶりの友人親子との食事会がありました。

私は、子どもが持てませんでした。不妊治療の上、子宮も取りました。何度も「先生は子どもを産んでいないから、親の気持ちが分からない」と言われたことがあります。本当にその通りだと思います。妊娠さえしたことないので、妊婦さんの辛さも本当には分かりません。ごめんなさい。

でも、子どもの気持ちは分かります。自分も子どもだったことがあるから!そして、子どもの頃のいろんな気持ちをよく覚えているから。

その、久しぶりの友人親子との食事会、いつも話題は今の世の中の子育て論です。彼女は子どもがいます。彼女の子育て持論と私の考えるtelacoyaの考え方は、同じ方向を向いています。

お互いに、自分の子どもだった頃の感情を話しながら、大人としてどうありたいかを何時間でも話します。

母親として、ここまで自分の子どものことを、しっかりと「一人の人間」として捉え、人生のパートナーのように接して、互いに感情ぶつけ合いながらも、一番の理解者のような存在になっている親子は、なかなか見たことがありません。

彼女も私も、その子にしか その子の人生は歩めない 親とて代わりに歩むことは出来ない。これに尽きると思っています。

だったら、大人の役目って何か?答えはいたってシンプル。見守ること。子どもを信じて見守ること。しっかりと見守ること。

時々、私が子どもを産んだことがないからこう考えるのか?私も自分の子どもを持ったら、出来なくなるのか?子ども可愛さで、違う方向に行ってしまうことがあるのか?と考えることがあります。そんな時、子どもを産み育てている彼女と話すと「そんなことないよ〜」と言ってくれます。だって、彼女自身がその考えで、子育てをしているから。

こうして、たまに再確認させてもらい(笑)前に進みます。そして、愛に溢れるこの親子を見て、さらにその考えも間違っていないと確信させてもらい。

ここで伝えたいことは。。。。。

子どもたちが、失敗を恐れず、そして、失敗しても、そこで立ち止まらず、次の道を見つけてリカバリー出来るようになるためには、どうしたらいいか?

それは、親が失敗を許せること。親も失敗するところを見せられること。親が失敗してリカバリーするところを見せること。親も人間であることを見せられること。親である前に、人間なんです。

聖母マリアになる必要はないのです。

人間は誰でも、失敗したくないと思っているはず。好んで失敗をする人はいないと思います。

出来るだけ、失敗しないようにしているにも関わらず、人間は失敗してしまう。

それが「死」に繋がるような失敗だと話は違いますが、そうでない失敗は大人だって多々あるはず。

なのに、失敗をいちいち取り上げられて詰められていたら、段々と「失敗しないように」ばかりが強くなってしまう。そして、失敗した時に必要以上に自信をなくす。自己否定の始まり。失敗を隠す。失敗を自分が許せなくなる。

こういったことが、子どもの中に人格の基礎として出来てくるのが幼少期だと考えています。

家の基礎のように今後の柱の建て方にまで影響が出来てくる。後からつけた素敵な内装よりも、地味だけど、ずっとずっと大切なもの。

これは生まれた時から始まっています。まだ赤ちゃんだから、、、、まだ小さいから、、、、と赤ちゃん扱いするのではなく、一人の人間として接してほしいと思います。生まれた瞬間から、自立して離れる日までのカウントダウンが始まっているのです。

子どもの吸収力は、大人よりずっとスゴイです。子どもの力を侮ってはいけません!

そして、大人が子どもの失敗を許せない理由。

子どもの立場に立ったら、理解してあげられるはずなのに、きっと周囲の人に対しての自分(大人)の立場を守るために、許せないことが多い。

しつけが出来ていないと「私が」思われるのは「私が」イヤ。

主役を「私」にしてしまうのではなく、「子ども」に置き換えたら、以外と簡単ですよ。

 

誰よりも子どものことを分かっているのは、親である両親以外にありません。

自分の子どもをしっかり、じっくり見つめて、見守って後方支援!

そして、親とて「自分の人生」をしっかり歩いて、その姿を子どもたちに見せるしか大人の役割って無いのではないでしょうか?

「親の背中を見て育つ」本当に名言です。

見せる背中を気負わずに、人間的に生きて行きたいものです。

 

 

 

 

 

 

 

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